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仙台高等裁判所 昭和26年(う)614号 判決

控訴人 被告人 目時乾三

弁護人 引地寅治郎

検察官 馬屋原成男関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三千圓に処する。

右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収にかかる日本刀九口(証第一号乃至第九号)は之を沒収する。

訴訟費用(原審における証人小笠原誠一に昭和二十五年十二月七日支給した分を除く)は被告人の負担とする。

理由

弁護人引地寅治郎の控訴趣意は別紙記載のとおりである。

弁護人の控訴趣意一について

原判示事実は、その挙示する証拠を綜合すれば優に認定することができる。弁護人は被告人には本件刀劍の所持の意思がなかつたと主張するが、銃砲等所持禁止令にいう所持とは銃砲等を自己の事実支配におくことをいい、自らその事実支配を始めたことを認識した以上これが客観的に自己の事実支配を脱しない限り、依然その所持を継続しているものと解するのが相当である。然るに、原審第一回公判調書中被告人の供述として「刀を無届で所持していると進駐軍から厳重処分されると云う事を聞いて居たので、家は村でも旧家であり、日本刀等を発見されては大変だと思つて若し家に刀等があつたら届出るか、家に置かない様に処分することを二男和夫に話したが処分の結果は聞かなかつた、和夫もまた何も話さなかつた」との記載と、原審裁判官の証人目時和夫に対する尋問調書中「私が中学四年頃(昭和二十一年四月頃)刀を持つて居ると処分を受けると云うので、父から面倒くさいから処分してしまえと云われたので、その箱を刀の入つたまま天井裏に上げて置きました、その事は誰にも話さなかつた」旨の供述記載とを綜合すると、被告人は同家に刀劍の存在することを認識し当時二男和夫にその処分を命じたが、その結果については何等確めなかつたこと及び其の後依然として右刀劍が被告人方に存したことは明らかである。されば銃砲等所持禁止令並びに同令施行規則による届出義務は所持者自身が、これを負うのであるから被告人が一旦所持を開始し発覚に至るまで事実上本件銃砲等が被告人方に蔵置されていた本件においては、その事実支配を喪失していない限り依然被告人の所持は継続し、仮に刀劍は既に処分され同家に存在しないと信じたとしても、それだけで所持の認識を欠き犯意を阻却するものと断じ難いから原判決に事実誤認の違法があるとは認められない。其の他記録を精査するも原判決には事実誤認を窺うべき事由はない。論旨は理由がない。

同上二について

所論は被告人がその二男和夫に本件刀剣の処分を命じたことによつて、その占有権が被告人から和夫に移転したのであるから被告人には所持の意思がないと謂うに帰するのであるが、右主張はその理由のないこと前段説明の通りであつて原判決には何等法令の解釈を誤つた違法があるとは認められない。論旨は理由がない。

更に職権を以て原判決の法令の適用の当否につき検討するに原判示所為につき昭和二十五年十一月十五日政令第三百三十四号銃砲刀剣所持取締令及び同令附則第3項により行為当時の銃砲等所持禁止令第一条第二条を適用しているけれども右法令中には選択刑として懲役、禁錮、罰金が存しその行為は昭和二十四年五月二十日の犯行であるから罰金等臨時措置法第二条をも併せて適用しなければならない。けだし罰金等臨時措置法は同法第一条によつて明かな様に刑法等の臨時特例であつて、これが改正ではないから前記法令を掲げるだけでは罰金等臨時措置法による引上げを受けない罰金の額に準拠したものというの外はない。しかして罰金の額の如何は法定刑の選択に影響を及ぼすのであるから右法令の適用の誤は判決に影響を及ぼすこと明かであるといわなければならない。よつて原判決は刑事訴訟法第三百九十二条第二項第三百八十条第三百九十七条により破棄すべきものである。

しかるに本件は直ちに判決をすることができるものであるから刑事訴訟法第四百条但書により当裁判所において更に判決を為すべきものである。

原判決の確定した事実に法令を適用すると被告人の原判示所為は昭和二十五年十一月十五日政令第三百三十四号銃砲刀剣類等所持取締令附則3項銃砲等所持禁止令第一条第二条同令施行規則第一条第三号、罰金等臨時措置法第二条に該当するところ所定刑中罰金刑を選択しその金額の範囲内において被告人を罰金三千円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法第十八条により金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく押収に係る日本刀九口(証第一号乃至第九号)は本件犯行の組成物件であるから同法第十九条第一項第一号第二項により之を沒収することとし、訴訟費用のうち原審における証人小笠原誠一に昭和二十五年十二月七日支給した分を除き其の余は刑事訴訟法第百八十一条第一項により全部被告人に負担せしむべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野正太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 蓮見重治)

弁護人引地寅治郎の控訴趣意

第一審裁判所の公判調書及同裁判所に於て取調べたる証拠を綜合するときに第一審判決が左の点に不当がある。

一、第一審裁判所は事実を誤認している。

被告は大正九年から小学校教員として教職に在つたが大正十二年中目時家に婿養子となつたのである。其当時目時家は旧家で刀劍類を箱に納め之を神棚に安置し神と共に礼拜しているという話であつた。然れども被告は刀劍類には何等の趣味を持たないので其刀劍は何人の作であるか如何なる名刀であるか其箱には幾口の刀劍を納めてあるか之を実際見たこともなく年月を経過して来たのである。然るに昭和二十一年四月中刀劍を所持してはならない之を所持する者は厳重な処分をされるという話があつたので被告は二男和夫に命じて之を処分させたのである。固より被告は刀劍を惜むものではない又日常の職務多忙の為め和夫に対して右の刀劍は如何に之を処置したかに付ては之を聞き糾したこともなく又和夫よりも其処置に付き何等の報告も受けていない。若し被告は和夫から刀劍箱は天井裏に格納した旨の報告があつたなら被告は他に方法を講じたのであるが何等の報告もない為めに被告は和夫の手に依つて刀劍は屋外に持ち出されて処分されたものと信じ切つて居たもので刀劍類所持の意思は全然ないのである。右の事実は第一審公判廷に於て「被告は二男和夫に日本刀の処置を命じたのはどういう訳か」との問に対して「刀を無届で所持して居ることは進駐軍から厳重処分されるという事を聞いて居りましたので家は村でも旧家であり日本刀を発見されては大変だと思つて刀があつたら届出るか家に置かないように処分することを二男和夫に話しました」と供述し、又証人目時和夫は第一審公判廷に於て証人として「其の刀の入つた箱は引続き神棚の上にあつたか」との問に対して「私は中学校四年頃(昭和二十一年四月頃)刀を持つて居ると処分を受けるというので父から面倒くさいから処分して仕舞うと云はれたのでその箱を刀の入つたまま天井に上げて置きました」と供述してあり又「其箱を天井裏に上げたのを話したか」との問に対して「誰にも話しません尚誰からも其刀を如何に処分したかも聞かれませんし自分からも刀を天井裏に上げたことを話しませんでした」と供述し又「刀を持つて居れば処分を受けることが分つておればその刀を如何様に処分したかを父から聞かるべき筈だがどうか」との問に対して「別に聞かれませんでした」と供述しあり、又被告は「被告は二男和夫に日本刀の処分を命じた後其結果を聞いたか」との問に対して「聞きません、和夫も其事に付き私に何も云はないので若しかあれは処分して了つたものと思つております」と供述しありて両者の供述は一致しているので前述の如く被告は刀劍は既に処分されて家には存在しないものと信じ切つて居たもので所持の意思のないことは明かで従つて本件犯罪を構成しない。然るに第一審裁判所は之を所持の意思がありとして有罪の判決を為したるは事実認定に誤りがある。

二、第一審判決は法律の解釈を誤る。

被告は前述の如く該日本刀は被告家より持ち出され和夫は之を処分したものと信じていたにも拘はらず該刀剣は和夫が之を天井裏に蔵置して居た為め昭和二十四年五月三十日之を発見されたのである。右は和夫は被告の命に依り自分自身で勝手に蔵置したもので之に依つて其物の占有権は被告の占有を離れて和夫の占有に移転したものである。従つて仮令其物は被告家の天井裏に存在したとしても右は被告の占有物ではない。従つて被告には占有の意思も所持の意思もないのであることは法理解釈上明かである。然るに第一審裁判所は此の法律関係の解釈を誤り被告が所持するものとして有罪の判決を言渡したるは不当である。

以上の理由に依り原判決を破棄し被告に対して無罪の判決を求める。

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